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晴好雨奇の写真日記




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2009/02/08: カンボジアのインスタント・ラーメン「ミー・ユーン」

正月にカンボジア旅行を楽しんできたIさんから、
頼んでおいた初のカンボジア国産インスタント・ラーメン「ミー・ユーン」をお土産にいただきました。



090207_003_ミーユーン

090207_004_ミーユーン

「ミー・ユーン(我々の麺)」。



090207_011_ミーユーン

早速味見。
スープはアジアのインスタント・ラーメンらしい味。
でもタイのように辛くないのでこのスープなら安心。

しかし、麺は今いち。
インスタント・ラーメンの製造技術はやっぱり麺にあるんだね。
そしてその技術は日本が一番だ。



090207_005_ミーユーン誇り高い「カンボジア製」の文字。









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2009/02/07: 第27回・カンボジア勉強会:昔の写真

都内を写真散歩しながら、カンボジア勉強会会場の上野に向かう計画だったが、
寝坊したわけでもなく6時過ぎに起床したけど、ダラダラ過ごしていたら上野に直行しても遅刻という時間になってしまった。

上野のヨドバシカメラでレンズフード「Nikon HS-7」を買い、大急ぎで市田邸に向かう。






090207_002_東京芸術大学

(Ricoh GR DIgital II)

芸大の建物に映る樹の影。







090207_001_カンボジア勉強会

本日のカンボジア勉強会のテーマは「昔の写真」。

波田野さんが初めてカンボジアに旅した1999年の写真を見る。
街も遺跡も変貌したことを改めて知った。

正月にカンボジアを旅行した人たちの写真も見せてもらった。

やはり旅は楽しい。
写真を見せてもらっているだけでウキウキしてくる。



090207_006_カンボジア勉強会

懇親会もいつものように大いに盛り上がり、波田野さんと山手線で帰宅。





そうそう、昨日書いた朝日新聞の問題をもう一つ付け加えておこう。

数百万人の自国民を死に追いやったポル・ポト軍(クメール・ルージュ)のプノンペン制圧を朝日新聞は当時どのような報道したか:

カンボジア解放勢力のプノンペン解放は、武力解放の割には流血の跡がほとんど見られなかった。
入場する解放軍兵士とロン・ノル政府軍兵士は手をとりあって抱擁。政府権力の委譲も、平穏のうちに行われたようだ。
しかも、解放勢力の指導者がプノンペンの「裏切り者」たちに対し、「身の安全のために、早く逃げろ」と繰り返し忠告した。
これを裏返せば「君たちが残っていると、我々は逮捕、ひいては処刑も考慮しなければならない。
それよりも目の前から消えてくれたほうがいい」という意味であり、
敵を遇するうえで、極めてアジア的な優しさにあふれているように見える。
解放勢力指導者のこうした態度とカンボジア人が天性持っている楽天性を考えると、
新生カンボジアは、いわば「明るい社会主義国」として、人々の期待に応えるかもしれない。



朝日新聞がいかに事実をねじ曲げたインチキ新聞であるかがよくわかる。
朝日新聞はこうして日本人を共産主義に誘導するのである。

朝日新聞を購読している方々、直ちに購読をやめましょう。


朝日新聞を読んでいると、知らない間に捏造と誘導によって洗脳され、
極左翼・反日・自虐趣味に陥ります。







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2009/01/19: アンコール遺跡の現場から

会社の帰りに上智大学での講演会「アンコール遺跡の現場から」を聴きに行った。

講師は長年アンコール遺跡の保存修復に関わってきた三輪悟氏。

各国の遺跡保存修復活動の事例と国毎の特徴、遺跡保存のための課題、将来展望、そのための提言について話があった。
内容も大変興味深く充実した時間を過ごすことができた。

しかし、カンボジアの話を聴く度に感じるのは一種の絶望感である。
いつこの国は自立することができるのだろうか?

そして、援助の名の下に蠢く外国人の欲望にも嫌悪感を感じる。

特に韓国人の私利私欲は大変腹立たしい。
あの醜悪なアンコールワットのライトアップは韓国の企業がやっているらしい。
こんなバカらしい演出は不要だ。

日本人はアンコールワットのナイトツアーをボイコットしよう。





090119_001_四ツ谷

帰りにいつものカンボジア関連の仲間と飲む。







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2009/01/14: クメール語を勉強してみるかな

こないだ飲んでいた時にMくんから「もう何回もカンボジアに行ってんだから少しはカンボジア語を話せるんだろうね。」と言われた。



確かにカンボジアには6回言っているのだが、実は一言もカンボジア語を話すことができないのだ。
ほんの簡単な単語もわからないし、数を数えることも曜日もわからない。



そう言えば、タイへの6回目の旅行の頃は僅かながらも単語を覚えていたし、食堂ではタイ語での注文も試したりしていたと思う。
通勤途中でタイ語会話の本を読み単語やフレーズを暗記しようと努力していた。
英語ではない外国語の勉強が楽しくて仕方がなかったのだ。



久しぶりに学習の楽しさを味わうために、
次回の旅行に向けて少しはクメール語(カンボジア語)を勉強してみようかな。






090114_001

(Ricoh GR Digital II)

今週は「ほぼモノクロームのような写真」シリーズです。









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2008/11/27: プレアヴィヘア遺跡と国境問題

会社の帰りに、
上智大学で開催された「プレア・ヴィヒア寺院をめぐるカンボジアとタイとの国境問題」と題する元駐カンボジア大使・今川幸雄氏の公演を聴きに行った。

なかなか興味深い話だった。

自分なりに興味を持ったところは:

・諸外国に国境を翻弄されていたカンボジア。
・紛争は相手国の内政問題が原因である場合が多いこと。
・外交問題(国境・領土問題)はしつこいほどの抗議なり異議を通達し続けることが重要であること。

等々である。
全体として大変面白い話だった。

一度、この件に関するタイ人とカンボジア人のディベートを聴いてみたものだ。






081124_001







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2008/11/01: 第25回 カンボジア勉強会:遺跡の名前

完璧な快晴の日、愛用のNikon F2に買ったばかりのCarl Zeiss Distagon 28mm F2を付け、上野に向かった。

大山でステーキを食って腹ごしらえ。

レンズのテスト撮影を兼ねて、上野公園を撮り歩く。
博物館の庭園を散歩し、カンボジア勉強会の会場の市田邸へ。




081101_001\5

芸術大学の工事現場。
この季節は低い陽による木々や建物の影が美しい。





前回はカンボジア旅行中だったため欠席したので、カンボジア勉強会は約5ヶ月ぶりだ。

今回のテーマは:

・「アンコール遺跡の名前の意味を探る」ニム・ソティーヴンさん
・「カンボジアにおける人身売買の状況」島崎裕子さん

の2つ。

両方ともかなりディープな話題。



081101_003

にもかかわらず、会場は大盛況。
過去、自分が参加したカンボジア勉強会では一番参加者が多い会合となった。


遺跡の名前の由来の話は、自分も前から興味を持っていた話題だが、ソティーヴンさんの話を聴いて大変難しい問題であることがわかった。

カンボジアの遺跡となった寺院は、日本の寺院のように「法隆寺」とか「東大寺」のように正式な名前が無いようだ。
村人が何と呼んでいるかでその寺院遺跡の名前となっている。
遺跡の名前は、なぜそう呼ばれてるのかの研究なのでこれは大変難しい話となる。

人身売買の話。
子供の売買春と臓器売買は絶対に許せん。
しかし、労働は人身売買かどうかの判断は難しい場合もありそうだ。
国によっては18歳未満でも労働するのが当たり前の慣習があるだろうし、
その際仲介業者に仕事を斡旋してもらうケースも多いと聞いたこともある。
下手をすれば、西欧社会の基準で「子供」の労働を非難しかねない方向に向かって行きそうで、
今回の話は大変興味深いが同時に疑問を持った。




いずれにしても、カンボジアが外国の援助に頼っている限り、この国の未来は暗い。





081101_004

聚楽台レストランが閉店してからは懇親会の場所がなかなか見つからなくて苦労している。
今日も仕方なく電話予約した某店でわいわい楽しい時間を過ごす。

帰りがけにヨドバシカメラに今日撮影したフィルムの現像の引き取りに向かったが既に閉店していた。







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2008/10/21: 朝霧のプレア・ヴィヘア

ここのところ話題のカンボジアとタイの国境の遺跡「プレア・ヴィヘア」訪問の想い出。

2005年5月12日朝6:00に出発。
途中、ベン・メリアとコーケー遺跡を回った。
この日はプレア・ヴィヘア遺跡の長い階段の入り口の集落に泊まった。
13日朝6:00から遺跡の撮影を始め、10:30に下山。
13日15:00頃に両国の軍隊の緊張が高まり国境が閉鎖された。


以下、当時のブログからの抜粋です:




いよいよコーケーからプレア・ヴィヘアに向けて出発。

プレア・ヴィヘアはタイとの国境の山の頂上に建てられた大規模遺跡だ。
今回の旅行のメイン・イヴェントの一つだった。

ガイドブック「地球の歩き方」には:

ここはカンボジア領だが、カンボジア側の道路整備が進んでおらず、またカンボジア側の治安も悪い。そのため、暫定的に遺跡見学に限り、タイ側からビザなしで訪れることができる
「地球の歩き方 アンコール・ワットとカンボジア '05~'06」より引用


と書かれている。

道が良くなったとは言われているが、それでもやはりカンボジア側からのプレア・ヴィヘア行きは大変だった。



途中で寄ったガソリン屋で訊いたところ、
プレアヴィヘア州の町にはいくかのゲストハウスがあると言うので、その町(名前を忘れた)に向かった。

行ってみると小さな町だが、たしかにゲストハウスもある。

しかし、「やはりこのままプレアヴィヘアに行き、確か遺跡の入口の集落にゲストハウスがあるはずなので、そこに泊まった方がいい。」とハンが言う。

工事中の新しい道路を進むが、所々ぬかるみで乗用車にとっては大変な悪路になっている。
悪路を進む様子をデジカメのムービーで撮影。
深い穴や土の山を乗用車で抜けるために、度々ハンが歩きながら車を誘導した。

しかし、この道が完成すればプレア・ヴィヘアへの旅は楽になるだろう。



17:00過ぎにようやくプレア・ヴィヘアの崖のふもとの村に到着。

村の入り口で聞いたところ、プレア・ヴィヘアに車で行くのは不可能、とのこと。
また、「遺跡入り口のゲストハウスは現在まだ工事中だが、泊まれる部屋があるはずだ。」と教えてくれた。

この村にカムリを置いて、バイク3台に分乗してプレア・ヴィヘアに向かうことになった。
カメラバッグをハンが、三脚をブンナが持ってくれた。

急勾配の坂をエンジンのパワーの限界でヨタヨタと上る。
あちこちに「地雷標識」が立てられている。

途中からは山の中に入り、木々の枝をを避けながら道無き道を走った。
「地雷は大丈夫なのか?」と緊張するが、私の心配を吹っ飛ばす勢いでバイクは山の中を走り抜けた。

15分ほどバイクで走って、プレア・ヴィヘア遺跡の入り口の集落に到着。
昼過ぎに訪れた町に泊まらなくて良かった。
ハンの判断が正しかった。

建築中のゲストハウスだが、我々は最初の客として泊まることができた。
ゲストハウスと言ってもただの簡易宿泊所。
土産物屋や食堂が集まった集落の一部だ。

真っ暗な食堂で夕飯を食うことになったが、食欲が無いのでビールだけ飲んだ。
自家発電でようやく蛍光灯が灯る。
カンボジアの映画(クメールルージュをテーマにしたもの)のVCDを食堂のオヤジがかけて、
それを観に続々と近所の人々が集まってきた。
興味深い映画では合ったが、映像と音声が稚拙だった。

何もやることが無いので、21時頃寝ることにした。
寝る前に小便をしようとしたら、屋外の便所は電灯も点かず、懐中電灯片手に済まさなければならない。

シャワーも無く、ベンメリアとコーケーでかいた汗で体中ベトベトのグチョグチョ状態のまま床につくことになった。

ゲストハウスの工事の音で眠ることなどとてもできない。
結局深夜まで、金槌の音が絶えなかった。
しかもビニール製のマットが寝返りを打つたびにキュッキュッと音が鳴って気に障る。

これまで経験したことの無い不快な就寝となった。





翌日13日、5時に目が覚める。というかほとんど寝られなかった。
ハンもブンナも不快で寝られなかったと言っていた。

外へ出てみると濃霧で何も見えない。

女性が朝ごはんの支度をしている。
かまどに乗せられた鍋から蒸気が噴出している。

雨水を溜めた虫だらけのバケツにタオルを突っ込んで、そのタオルで体を拭き、顔を洗い、ハミガキの口を濯いだ。

06:00過ぎにみんなでプレア・ヴィヘアの石段を登り始めた。


あちこちに「地雷標識」が立てられている。

既に開店していた飲み物屋でタイの栄養ドリンクM-150を皆で飲む。

ハンもバカ重いカメラバッグに辟易したようで、この飲み物屋の若者をガイドとして雇い、カメラバッグを背負ってもらうことにした。

霧がなかなか晴れず、写真撮影が思うようにいかない。
写真を抜きにすれば、早朝の霧と遺跡がうまく合っていて、実に気持ちのいい風景が眼前に広がっている。

遺跡からはタイ側のプレア・ヴィヘアへの道路が見える。
きれいに舗装された道路だ。
昨日の、そして本日これからのカンボジアの悪路がウソのようなすばらしい道路だ。
カンボジアとタイの国力の物凄い差がよくわかる風景だった。

石段をやっとの思いで登りきり、遺跡を見学し終わると、その後ろに更に石段が続いている。

最後の遺跡の後ろ、つまり我々が上ってきたカンボジア側の断崖の先は、濃霧で何も見えない。

遺跡には我々3人しかいない。





3時間強の撮影を終えて、飲み物屋に戻ってきた。
「プレア・ヴィヘア撮影隊一行」として飲み物屋の若者を入れ、デジカメで記念写真を撮った。

国境のタイ側から何名かの観光客が入ってきた。

宿泊所に戻り下山の準備をする。


国境上でタイの兵士が建物を作っており、土嚢を積んでいた。
カンボジアの国境警備兵がタイの兵隊の動きを警戒していた。
私も緊迫した雰囲気を感じる。
ハンもカンボジア兵も「ヤバい」と言う。


10:30に昨夕のバイク3人組が迎えに来てくれた。






081019_pv_001

(Hasselblad 503cx, Carl Zeiss Sonnar 180mm F4, Kodak T-Max 100)

その日の午後3時、両軍の緊張が高まり国境が閉鎖された。

シェムリアップには17時過ぎに着いた。


途中で、デジカメの写真を格納したハードディスクが入ったバックパックを麓の村に置き忘れてきたことに気がついた。










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2008/10/04: カンボジア勉強会・町田宴会支部創立記念・宴会

既に何度もやっている町田・カンボジア料理「アンコールトム」での飲み会ですが、
支部長のIさんによれば、これまではあくまでも支部設立準備会であって、今日が第一回宴会だそうです。




カンボジア料理_081004_001

新たな仲間も加わって10名で盛り上がりました。









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2008/06/28: 大混雑の鎌倉

初期不良のリコーのGR Digital IIに関して、
ヨドバシ・ドット・コムから着払いの返品をするようにとのメールが届いた。
早速送り状を印刷し、最寄り駅近くのコンビニからカメラを発送した。


クメール舞踊出版プロジェクトについて波田野さん山中さんと3人で打ち合わせするため鎌倉に向かう。


北鎌倉で降りて紫陽花を撮ることにした。


観光客が多い。
一年前も北鎌倉に来たがこんなに大勢の人はいなかった。

東慶寺ではデジタル一眼レフを構えた人が何人もいた。


紫陽花鎌倉_080628

私はポケットデジカメのPanasonic FX35。


鎌倉駅まで歩くつもりだったが、やはり腰が痛くてとても無理と判断し、電車で北鎌倉駅から鎌倉駅まで行く。



鎌倉駅ももの凄い数の人々。

小町通り周辺を歩くが、こういう「おしゃれ」な通りはよくない。
つまらん。

参道商店街というのはもっと野暮かつ粋という相反する雰囲気でなくちゃダメだ。
こういう通りにフランス料理だのイタリア料理だのはあってはならんのだ。



スターバックスで3人で打ち合わせし、
当然のごとく飲みに行こうということになるが、どこも満席で店の選択に手間取った。

ようやく小町通りの「鳥小屋」という居酒屋で乾杯。



鎌倉_080628

池袋から有楽町線の最終で帰宅。
鎌倉は遠い。






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2008/06/14: 第23回 カンボジア勉強会:バンテアイスレイの魅力

今回のカンボジア勉強会は「バンテアイ・スレイ」特集だ。

参加者の小野さんがプノンペンで買ったというバンテアイ・スレイのDVDを上映。
バンテアイ・スレイを徹底的に紹介したおたく的内容だった。

バンテアイ・スレイは中央部に入ることができなくなっているが、
小野さんは1997年にバンテアイ・スレイを訪れて、
以降ほとんど全てのデヴァタを撮影し、PowerPointにそれぞれのデヴァタの位置をまとめてくれた。
小野さんもなかなかのおたくである(笑)。


来月の旅行では、久しぶりにバンテアイ・スレイにも行く計画なので、
今回の勉強会と小野さんの資料は大変良い予習材料となった。




恒例の飲み会は御徒町まで歩いて「さくら水産」という安い居酒屋に行った。
従業員は全員(?)中国人であまりにも無愛想で爆笑してしまった。



banteaysrei_080614






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2008/06/08: 旅行の手配

ネットで来月の旅行の手配をした。

7月19日に日本を発って、バンコク・プノンペン・シェムリアップ・バンコクの順で旅行することにした。

まず、日本とバンコクの往復はシンガポール航空のビジネスクラス。
10年前ならタイ航空のファーストクラスの値段。

タイとカンボジア内の移動はバンコク・エアウエイズのサイトで予約。

プノンペンのホテルは、New York Hotelというエコノミー・クラスのホテルにした。
メールでのやり取りも迅速で好感を持てた。

シェムリアップのホテルは、カンボジア人の友人が勤務しているゲストハウスGolden Temple Villa
旅程が確定したことをメールしたら、直ぐに返信が来た。

バンコクはいつものアパートCentre Point Saladaeng





シェムリアップ_060101

これまで年2~3回の海外旅行も、昨年あたりから1回/年になってきた。







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2008/05/31: クメール舞踊写真集制作10・本のコンセプト

久しぶりに、山中ひとみさん・波田野直樹さん・Iさんとクメール舞踊の本のコンセプトについて話し合った。

写真集よりもクメール舞踊一般に関する本になりそうだ。




山中ひとみ_080528_0000001







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2008/05/13: タイからのお土産

タイ旅行から帰国したMさんがお土産を持ってきてくれた。

私の行きつけの健全クラブのお姉ちゃんからのお土産だとのこと。
いつも買ってくれるクッキーである。

タイ女性も仕事熱心だなぁ。
お仕事としても有り難くいただきます。




ラープ味プリッツ_080513

この日本人定番のラープ味プリッツはMさんからのお土産。




カレーうどん_080513

今晩はカレーうどん。








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2008/05/03: バンテアイ・スレイのレプリカ?

カンボジアの寺院の遺跡の一つ「バンテアイ・スレイ」(Banteay Srei)は、その驚異的とも言える美しい彫刻で有名である。

バンテアイ・スレイは、
1923年、フランスの作家であり政治家でもあったアンドレ・マルローが、
デヴァター像の彫刻を持ち出そうとして逮捕され禁固刑の判決を受けたことでも有名である。

しかし、これまで私はマルローが惚れ込んだこのデヴァター像には近づくことができなかった。
2001年頃に、遺跡中央部は立ち入り禁止処置がなされたためである。
私が初めてカンボジアを訪れたのは2004年なので、バンテアイ・スレイの中央部は既に立ち入り禁止になっていたのだ。
そのため、私は「東洋のモナ・リザ」とも称されるデヴァター像を間近で見たことが無いのだ。



先日のカンボジア勉強会で主催の波田野さんが「バンテアイ・スレイのレプリカを作ってしまうという案もある。」と言っていた。

これは素晴らしいアイデアだ。

バンテアイ・スレイ自体は非常に小さな寺院なので、最新の3Dスキャン技術でレプリカを作ることはやろうと思えば出来そうだ。




Banteay_Srei_080428_0005

バンテアイ・スレイのデヴァター像「東洋のモナ・リザ」。
Hasselblad 503cx+Carl Zeiss Sonnar CF 180mm、
さらにCarl Zeiss Mutar 2Xを付けて(360mm)の望遠で撮影し、さらにトリミングしてやっとこの構図になる。
今ではそれくらい遠い存在なのだ。

2体のデヴァター像で偽扉を挟んだ構図をBiogon SWCで撮影したい。







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2008/04/26: 第22回・カンボジア勉強会

今日はカンボジア勉強会。

腰痛がピークに達しつつあり、荷物はショルダーバッグではなくバックパックに入れて上野に出かけた。



上野_大山_080426_01

こんな腰痛なら、え~いっ、自分へのご褒美だ。\(^o^)/
ってことで、久しぶりの肉食。
上野・大山のハンバーグです。美味い。



上野_080426_02閉店と開店。

聚楽台レストランは今週閉店。
ヨドバシカメラは本日開店。





市田邸_080426_03

カンボジア勉強会会場の谷中近くの市田邸。

本日のテーマは、
波田野さんのカンボジア関連書籍の紹介、
石井さんのヒンドゥー教の神々の紹介と旅で撮影したビデオの上映、
台湾からの留学生の黄さんのカンボジア旅行の感想、
の3本。

ビデオもいいねぇ。
次回のカンボジア旅行は、巨大なカメラケースはやめてお気楽旅行に徹しようかな。



聚楽台レストランが閉店してしまったので、打ち上げの場所の選択に苦労する。
結局ガード下の「じゅらく」で食事会となったけど、ビールのピッチャーサイズが無い!



上野_香港亭_080426_04

2次会はいつもの香港亭。


そのうちにカンボジア現地での勉強会をしたいですね。







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2008/04/12: タイのおもしろCM

タイのホテルでTVを見てると、コマーシャルがかなり面白い。
恐ろしいほどの美人も出てくるし、笑わせるCMも多いので見ていて飽きない。



YouTubeで検索してみました。



国旗掲揚時はゴジラだって直立不動だ!




こういうの好き。




あ、これは見覚えがある。






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2008/04/07: タイの記念銅貨

タイの銅貨_080330_001

Aさんからいただきました。
Aさん曰く「プミポン国王陛下在位60年記念」とのこと(ほんと?)。

黄色い化粧ケースに入っていましたが、開け方を間違えてケースを壊してしまいました。






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2008/03/08: カンボジアの遺跡のkmzファイル

Google Earthカンボジアのクメール遺跡群を見るためのkmzファイルをアップロードしました。


080308_01

ここからkmzファイルをダウンロードし、
Google Earthからダウンロードしたkmzファイルを開けば、
カンボジアの遺跡群をGoogle Earthで旅することができます。





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2008/03/05: プノム・バケンの環濠

Google Earthで世界を巡っていると、「おや?これは何だろう?」と思うものを見つけることがある。

カンボジアでもその類いの不明なものがいろいろ見つかる。



080305_02

その一つが、西バライの南東からアンコール・ワットの南側まで続く巨大な「L字」の低地あるいは河の跡だ(上写真の矢印部分)。


先日のカンボジア勉強会で知ったのだが、これはプノム・バケンを中心とする都城の環濠跡ということだ。
12世紀に建造されたアンコール・ワットよりも約250年前に作られた都のお堀の跡らしい。
Google Earthで見ると、この都城はアンコール・トムよりも大きかったようだ。

現在では、プノム・バケンもアンコール・ワットも一括りに「アンコール遺跡群」としてとらえているが、
プノム・バケンは、アンコール・ワット竣工時には、既に「遺跡」であったであろう遺跡だ。

歴史は時間の積み重ねなんだね。






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2008/03/01: 第21回・カンボジア勉強会:ポラロイド写真の見方

カンボジア勉強会に参加するために上野に出かけた。



080301_03

大山のメンチカツバーガーで軽い昼食。
これはおすすめです。


今日のカンボジア勉強会はさながら写真同好会の様相だった。
主催者の波田野さんをはじめ、私も含めた参加者の多くが写真好き・カメラ好きだった。



080301_01

「旅と写真」のお題目では長谷川康子さんが大量のポラロイド写真を披露してくれた。
実に美しい光景だ。


他にも、アンコール地域の詳細な地形図やGoogle Earthで見るカンボジア遺跡群の紹介。
長友裕輝さんはカンボジアで撮影した写真のカレンダーを参加者全員にくれた。



懇親会はいつものレストラン聚楽台



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二次会もいつもの香港亭

終電に間に合わず池袋からタクシーで帰宅。






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2008/02/08: BTSが無い頃

中国製猛毒餃子による食品テロ事件の犯人確定が近いらしい。

オレの当初の予測通り、犯人が中国人であっても、中国共産党は責任を日本に押し付けてくるだろうな。



GAYSORN_PLAZA

タイ、バンコク。チットロム交差点。1997年。
左にゲイソン・プラザ、右がエラワン。
BTSはまだ無い(橋脚の工事中)。







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2008/01/07: 沢山の日本人で大変でした

年末年始休暇の終わりにTVのニュース番組を流しながら本を読んでいたら、成田空港の帰国ラッシュを報じていた。

インタビューを受けた女性が「カンボジアに行ってきました。」と言ったので、
「おっ!」と画面に眼をやった。

インタビュアー:「カンボジアはいかがでしたか?」
女性:「日本人の方々が沢山いらしてもう大変でした。」


やっぱりな。


今や、アンコール・ワットの初日の出は、冗談抜きで日本人の風物詩と言ってもいいような状況である。

日の出前のアンコール・ワットの西参道は日本人で大混雑になるのだ。




080106_03

これは2006年の元旦のアンコール・ワットの西参道の様子である。
「最後にアンコール・ワットに行ったのが5年以上前」という人には到底信じられない景色だろう。
90%以上が日本人だ。

とにかく、もの凄い数の人・人・人・・・だった。
1年前の2005年よりも明らかに大勢の人だった。



私はアンコール・ワットやカンボジアの人々が気の毒に思えた。
もちろん、私も観光客の一人である。
なので、それ以降、初日の出のアンコール・ワットには行かないことに決めた。



毎年観光客が激増するから、今年のアンコール・ワットはさらに大変なことになっていただろう。

カンボジアの皆さん、申し訳ございません。





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2007/12/08: 第20回カンボジア勉強会

東上野を3時間ほどコダクローム散歩。


071208_07

ビルの谷間に古い東京の景色が残っている。


13時を過ぎてカンボジア勉強会に参加するために上野公園に向かう。



071208_05

西郷像近くの目的不明の建物の扉。
「上野松竹」「御入場」の文字が読み取れる。




第20回目となったカンボジア勉強会
場所はいつもの谷中近くの旧市田邸。


071208_04

今回のテーマは:

・観光大衆化時代のアンコール遺跡の楽しみ方
・カンボジアの学校教育の現場

の二つ。



カンボジアで中学校の先生をしているチャンキアさんのカンボジアの教育現場は興味深かった。

中学校の教師の月給は55米ドル。
間違いではない。
550ドルでもなく55ドルである。

この月給ではさすがにカンボジアでも生活ができるわけがない。

当然教師はバイクタクシー等の副業をせざるを得ない。
ところが、学校が終わってからの副業ならまだしも、
多くの教師が菓子を生徒に売ったりしているそうである。
買わない生徒の成績評価を下げる等の暗黙の脅し付きだ。
副業にエネルギーと時間を使うために学校に来なくなる教師もいるそうだ。

外国からの援助で建てられた学校は比較的良質な教育がなされているそうである。

カンボジアはここでも外国頼りだ。



江戸時代末期、欧米列強に開国を強いられた日本政府は、欧米からの侵略を避けるために富国強兵をビジョンとして掲げ、自らの国の改革に臨んだ。

もちろん当時は外国からの金銭的援助などあるわけもなく、日本政府がカネを出して欧米にエリートを留学させ、また欧米から教師を破格の待遇で招いた。



外国の援助も、結局政府自らが確固たるビジョンの基で実行されなければ国は変わらないのである。

外国からの一方的援助ではダメなのだ。




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香港亭での2次会から終電で帰宅。



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本日歩いた軌跡。
GPSの電源を切るのを忘れたので、電波の届かない市田邸・聚楽台レストラン・香港亭で軌跡が乱れている。






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2007/10/27: 台風の中、カンボジア勉強会

いつの間にかやってきた台風の中、カンボジア勉強会に参加するために上野に出かけた。

今回のテーマは、アンコール遺跡観光の歴史と孤児院運営の報告。

アンコール遺跡観光はもう限界に達していることは9月の旅行で思い知った。
アンコール・ワットは第三回廊に登ることが出来なくなり、見学順路も設定されてしまった。
次に来るのは一日あたりの見学者の上限を定める入場制限だ。
私にとってのアンコール遺跡の撮影は事実上「終わってしまった」。


カンボジア支援も限界のように思う。
何が限界なのかというと、先が見えないのだ。
ゴールがイメージできない。
カンボジアの産業成長の見通しもない。
「子供がかわいくて何か手伝ってあげたいから」ではその支援はいずれ破綻を迎えるだろう。
みんな問題を分かっているけど解決策が見つからない。


二次会をいつもの聚楽台レストラン。ビールが美味い。
三次会もいつもの中華料理店で。この時点で記憶無し。




「いくつなの?」
ベンメリアにて(2005年5月)。


(注:この子はカンボジア支援の話題とは関係ありません。)





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2007/10/20: クメール舞踊写真集制作09・撮影

第4回目(実質的には第3回目)のクメール舞踊家・山中ひとみさんの撮影。

場所はいつものIさんの会社。
「経費をかけない」が原則なので、Iさんのご協力無しには不可能なプロジェクトである。
場所を貸して頂けるだけでなく、Iさんは写真にも詳しいのでライティングのセットアップやアドバイスもしてもらっている。


071020_01

今回はソンペア・クルーの儀式を撮影。

終了後は旗の台のタイ料理屋で打ち上げ。




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2007/10/08: アンコール・ワット第三回廊が閉鎖

アンコール・ワットの第三回廊が閉鎖になったそうだ。
修復のための一時的閉鎖とのことだが、再開は未定とのこと。

私が最後に第三回廊を訪れたのは2005年12月28日。
先月の旅行では、出発前の怪我のためにアンコール・ワットの第三回廊に登ることが出来なかった。

悔しくて仕方がない。


アンコールワット第三回廊のデヴァターたち

アンコールワット第三回廊のデヴァターたち(2005年5月撮影)。





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2007/10/05: カンボジアの道

IさんとKさんと「カンボジア旅行の報告会」ってことで新宿で食ってビールを飲む。

カンボジアの様子を動画でお伝えできたらと思い、初めてYouTubeに投稿しました。
この手があったか、とあらためて気がつきました。

このビデオは、今回の旅行ではなく、2年前にプレア・ヴィヘアに出かけたときのものです。
プレア・ヴィヘアからシェムリアップに戻る7時間のドライブの途中の様子。
その途中でデジタルカメラで撮影した5日分の写真を格納したストレージを入れたバックパックをプレア・ヴィヘア麓の村に置き忘れてきたことに気がついた。
ショックでアタマん中真っ白。
もう後戻りはできなかった。

典型的なカンボジアの風景です。

後半の山の中の景色では沢山の蝶が舞っています。







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2007/08/26: クメール舞踊写真集制作08・打ち合わせ

クメール舞踊写真集制作の打ち合わせ。

フィルム現像の段取りが悪く、約束の時間を15分ほど遅れて参加した。

場所は新宿の沖縄料理屋。
このプロジェクトの最初の打ち合わせをした場所だ。

結局集まった目的が何だったのか分からなくなってしまったが、少なくとも「○○写真集」というタイトルの本は止めようということになった。

「カンボジア舞踊写真集」なら、私にすれば踊り手はカンボジア人でなくてはならないし、
やはり、踊り手である山中ひとみさんが中心となる本になるべきである、
それが私の現在の意見。

カンボジアと日本に共通する精神も盛り込まれると良い、という話にもなった。



オリオンビール






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2007/08/18: 第18回カンボジア勉強会

第18回カンボジア勉強会に参加。

今回のテーマは「クメール・ルージュ裁判の現状」。
1975年から1979年までカンボジアを支配したクメール・ルージュ(カンボジア共産党)による自国民大量虐殺(オート・ジェノサイド)に関する元クメール・ルージュ幹部の裁判である。

第18回カンボジア勉強会01

説明は人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長の弁護士・伊藤和子さん。


国連が働きかけた裁判であり、カンボジア自体はこの裁判をやりたがっていないようだ。
これは、フン・セン首相をはじめカンボジア政府の幹部の多くが元クメール・ルージュであることにある。

度重なる国連とカンボジア政府の交渉により、2006年に特別法廷が正式発足した。

法廷の運営費用約5630万ドル(約64億円)の問題があったが、日本が2160万ドル(約25億円)を拠出したため法廷発足が可能になったそうだ。

裁判官はカンボジアと国連推薦の双方から参加する。
一審は、カンボジアから3人、国連推薦が2人。
二審は、カンボジアから4人、国連推薦が3人。
有罪判断の多数決の規則が異常で、4:1の賛成が無ければ決定がなされないという。
これではクメール・ルージュを有罪にすることなど出来ないだろう。
しかもカンボジア政府は都合の良い裁判官人事を行うなどの工作をしているとも言われている。

つまり、カンボジア政府がこの裁判を長引かせて有耶無耶にしてしまおうとしているのは明らかだ。

国際社会はこの裁判の枠組に批判的であり、アメリカはこの法廷を支持せず運営費の拠出はしていない。


話を聴いていて、私はこの裁判は意味が無いと思った。

やはり民族自決が原則であろう。

国連がある国の過去の人権問題に関わるのであれば、中国共産党による大躍進政策(犠牲者は約2000万人)や文化大革命(約1000万人を虐殺)も告訴されるべきだし、過去の問題の告発が難しいなら現在の人権問題でまず中国共産党を国際刑事裁判所で裁判にかけるべきだろう。

中国共産党を裁判にかけることが出来れば、国際刑事裁判所が正しく機能することを証明できる。
でなければ、人権問題も結局は大国の都合の良いように処理されるだけだ。

クメール・ルージュだって中国共産党の強力な支援があったわけだし、内戦もアメリカが関わったことで発生したことではないか。



第18回カンボジア勉強会02

いつもの聚楽台で懇親会。



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2007/08/11: クメール舞踊写真集制作07・第3回目の撮影

前回に引き続いて山中ひとみさんのクメール舞踊の撮影を行なった。

場所は、前回と同じIさんの会社。
スタジオ機材は予め宅急便でIさんの会社に送ったが、幾つかの重要な部品を送るのを忘れていたことに気がついた。

朝5時に起きて機材の点検をし荷物をまとめたところ、かなりの重量になってしまった。
最近の全身疼痛は水曜日には落ち着いてきたが、この重さのカメラケースを持って地下鉄の階段を下りるのは不可能と判断し、タクシーで待ち合わせの戸越銀座まで出かけた。



前回の反省点としては、かなり細かい点にこだわる必要があるということ。
つまり、衣装や衣装の銀糸の僅かなほつれにまで気を配らなければ、良いカットも台無しになってしまうと言うことだ。
クメール舞踊と撮影といってもブツ撮りの様相である。

カメラは、Hasselblad 503cxとCarl Zeiss Makro-Planar 135mm F5.6の組合せ。
フィルムは、Kodak T-MAX100。

首から膝までのトルソー的画面の切り取りで撮影を進め、
最後に実際に踊っているところをストロボと1/2秒のスローシャッターで「流れ」を撮った。

クメール舞踊写真集制作07・第3回目の撮影

スローシャッターの効果をNikon D200で確認。


クメール舞踊写真集制作07・第3回目の撮影の打ち上げ

あまりの猛暑なのでいつものタイ料理屋ではなく、近くの居酒屋で打ち上げ。
それでも一仕事の後のビールは美味いっ!





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