晴好雨奇の写真日記




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2010/09/23: シナ大陸の真相

以下は過去の愚ブログ投稿(2008年12月)の再投稿である。
現在の状況とある意味似ていると思ったので敢えて載せた(一部文言を修正):

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1938年(昭和13年)にイギリスで出版されたK・カール・カワカミ著「シナ大陸の真相」(原題:Japan in China)は現代日本人の必読書である。

この書は、中国大陸での日中戦争に対して国際社会からの日本への非難が高まる中、
日本人によって書かれた日本の弁明である。



私はタイムマシンで過去に戻ったような感覚を味わった。

つまり、日中戦争は現在進行形であり、
この本が書かれた時点では第二次世界大戦はまだ発生しておらず、
日中戦争の行方も「日本が勝つであろう」旨の予測が書かれていたりする。

また「このままでは中国は共産党に侵される」旨の予測も書かれている。
いかに当時の日本が共産主義を恐れていたかがわかる。

また、1938年当時の様々な重要事件に対する日本の弁明が書かれているが、
30万人の中国人一般市民が日本軍によって虐殺されたという南京大虐殺は当時全く話題にもされていない。
南京大虐殺が戦後の中国によるデッチ上げであることの確信を更に強くしてくれた。



日本人による弁明書であるから日本擁護の観点を踏まえても、日中戦争が「侵略戦争」ではないことを確信できた。

当時のNew York Times紙は:

日本軍は中国軍の挑発の下で最大限に抑制した態度を示し、数日間の間だけでも全ての日本軍上陸部隊を兵営の中から一歩も外出させなかった。
(中略)
上海の戦闘状態に関する限り記録の証明している事実は一つしかない。日本軍はここ上海での戦闘の繰り返しは望んでおらず、我慢と忍耐力を示し、事態の悪化を防ぐために出来る限りの全てのことをした。だが日本軍は中国軍によって文字通り衝突へと無理矢理追い込まれてしまったのである。


と、報じていたこともこの本は記録している。



New York Herald Tribune紙は:

北支での戦闘に外国列強諸国がほとんど注意を払わないでいた間に、中国軍が上海での(日本軍との)戦闘を無理強いしてきたのは疑う余地がない。


と、書いていた。



それにしても、当時も日本政府の外交は軟弱でヘタクソだった。

実現するわけもない「日中友好」を唱えながら何度も中国との和解条約締結をし、
その度に中国政府に裏切られ挑発され、それでも相手を信じて和解に向けて交渉に臨もうとする。
しかし、中国は反日教育を徹底的に行い、市民や軍人の日本への憎しみを焚き付けるし、
締結した条約は全く守ろうとしない。



今も過去も全く変わらない。

12月8日、中国の海洋調査船2隻が日本領海内に侵入し、8時間以上に渡って航行し続けた。
その間、日本は巡視船が無線で調査を中止するよう求めただけである。

これが昭和13年当時であったとしても、おそらく日本政府は威嚇攻撃さえしなかったであろう。
昔から日本の外交姿勢が軟弱であることがこの本を読んでよくわかった。



こんな面白い記述もあった:

(イギリスの)エルギン卿も「武力を用いることを余儀なくされるような事態にななることは自分としては不愉快だし気乗りがしないけれども、しかし中国人は武力に対しては従うが、理屈には決して従わない国民だ」と告白している。
(中略)
(義和団の乱に対し)1900年に多国籍軍が北京を再び襲ったが、この時は拳匪として知られる狂信的な武装勢力によって8週間もの間包囲され砲撃されていた全外交団と一千人の外国人を救出するためであった。外国の軍隊は略奪することによって、外国人に対する敬意を心底中国人に叩き込むための強力な下剤を与えたのである。この略奪騒ぎに加わらなかった唯一の軍隊は日本軍であった。この寛大さのおかげで日本は中国からただ軽蔑されただけであった。というのは中国は日本を、相変わらず中国に対して恐れの念を抱いている小国と考えたからである。




8日の中国の海洋調査船2隻の日本領海内に侵入に際しても、
8時間以上にわたって日本が武力的に何もしなかった状況は、何もできない日本を中国が再確認しただけだ。




日本は、西洋人からは強国となった日本に対する人種差別的観点で、
中国からは中華主義に反する生意気な周辺小国として憎まれていたのである。

そして日本は勝てるはずがない世界大戦の渦に放り込まれた。

これが歴史の真実である。





100923_002_上野の便所

(Ricoh GR Digital II)

便所。








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